法律改正!アーク溶接の作業環境はこう変わる!
前回の記事で、アーク溶接の際に発生する溶接ヒュームが特定化学物質に指定されたというお話をしました。これに伴って、アーク溶接の現場ではこれまでと違う取り組みが必要になる部分が出てきます。また、溶接ヒュームと同様に塩基性酸化マンガンも特定化学物質に指定されましたが、溶接ヒュームを扱う際には、しなくていいことなどもあるのをご存じでしょうか?今回は特に、アーク溶接での作業現場で変わったことをお伝えしていこうと思います。
アーク溶接の作業環境の変更
目次
今回の法律改正を受けて、アーク溶接を屋内作業場で行う場合は以下の点に留意しなければならなくなります。
・これまでと同等かそれ以上の換気の実施。
・ヒューム濃度の測定をする。
・作業場の床の水洗掃除を毎日1回以上行う。
・特定化学物質作業主任者を選任する。
・特殊健康診断の実施。
・その他
項目一つ一つを具体的に見ていきましょう。
これまでと同等かそれ以上の換気の実施
この部分に該当する法律の根拠文には、このように書かれています。
特化則第38条の21条1項
「全体換気装置による換気または同等以上の措置」
これまでは、アーク溶接を行う現場では粉じん障害予防規則に則って、全体換気を行ってきています。今回の法律改正でも同様に、全体換気装置による換気を義務づけると共に、それ以上の換気も求められるようになります。文言にある「同等以上の措置」というのは、プッシュプル型換気装置や局所排気装置などを利用した換気のことを含みます。作業環境レベルによっては、これまで以上に換気をしなければならなくなる可能性も否定できません。その時には、事業者は換気装置を買い替えたり新たに設置する必要も出てきます。
ヒューム濃度の測定をする
下記に該当する場合は、ヒューム濃度の測定を行う必要があります。
「金属アーク溶接作業を継続して行う屋内作業場において、新たな金属アーク溶接等作業の方法を採用しようとするとき、又は当該作業の方法を変更しようとする場合」
これはあくまで、屋内作業場でのアーク溶接作業の話になります。
2021年4月1日以降に下記を行う場合は、ヒューム濃度を測定する必要があるということです。
・これまでやっていた溶接方法を変更する場合
・溶接材料、母材や溶接作業場所の変更によって、発生する溶接ヒュームの濃度に大きな影響が出る場合
このヒューム濃度測定には、専門的な知識と装置が必要となります。ですから、これに該当する事業所は、第一種作業環境測定士(金属類に係る)や作業環境測定を行っている機関に委託して環境測定を行うことになるでしょう。規定では、「個人ばく露測定」による測定が指定されています。
この濃度測定の結果によって、作業者に適切な呼吸用保護具を装着させたり換気の際の風量を調節したりと作業環境を改める必要が出てくることが想定されます。
なお、呼吸用保護具に関しては元から使用が義務付けられていましたが、今回の改正によって使用するマスクの「要求防護係数」を上回るマスクを付けなければならないことになりました。ほとんどの場合は大丈夫ですが、これまで使っていたマスクが使えなくなるという可能性も無きにしも非ずです。このように、小さな部分での変更も見られます。また、マスクを適切に装着できているかどうかを確認するフィットテストの実施も1年以内毎に1回のペースで行わなければなりません。
作業場の床の水洗掃除を毎日1回以上行う
アーク溶接の際に発生した溶接ヒュームを洗い流して、作業環境を整えるというものです。これを行う場合、作業場の床が水洗できる構造であるのが前提となります。要するに、排水が簡単にできるかどうかというのが問題になります。この設備が整っていない場合は、事業所側で設備を整える必要があります。水洗いもそうですが、超高性能フィルター付き真空掃除機も水洗に含まれます。しかしこれを利用して掃除をする場合は、粉じんがまた舞い上がってしまう恐れがあるので、気を付けなければなりません。
特定化学物質作業主任者を選任する
今回の改正によって、特定化学物質作業主任者を選任しなければならなくなりました。作業主任者は、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習を修了した者の中から選ばなくてはなりません。ですから、作業者の中でに同講習を修了した者がいない場合は講習を受けさせるか、同講習を修了している者を新たに採用する、というような措置が必要となります。なお、作業主任者としての仕事は以下になります。
<特定化学物質作業主任者の業務>
・アーク溶接に従事する労働者が、溶接ヒュームの吸引によって健康を損なわないように、作業の方法や計画を監督し、指揮する。
・全体換気装置やその他の健康被害抑制に関わる装置の点検を、1ヶ月を超えない期間ごとに点検する。
・保護具の使用状況を監視する。
このように見ると、なんだ3つだけかと思いますが、他の労働者の健康保護の責任を一気に背負うことになります。法律改正をきっかけに講習を受けた場合は、これまで以上に仕事への緊張感が増すでしょう。しかし同時に、自身のキャリアアップにもつながっていきます。
改正法律は令和3年4月1日に既に施行されていますが、作業主任者の選任は令和4年4月1日までに行うようにとされています。
特殊健康診断の実施
これまでは粉じん障害防止規則に則って、アーク溶接作業従事者には3年に1回の「じん肺健康診断」の実施を義務付けていました。しかし、今回の改正によってこの部分が変わってきます。今後は、6ヶ月以内に一家の「特殊健康診断」も行っていくことが義務となりました。このため、アーク溶接作業従事者は「じん肺健康診断」と「特殊健康診断」の両方を継続して受けていくということになります。
<特殊健康診断とは>
ちなみに、特殊健康診断についても少し触れておきましょう。
特殊健康診断には、いくつかの種類の健康診断が含まれます。今回のような場合は、「特定化学物質健康診断」を受けることになります。この健康診断は、溶接ヒュームのように特定化学物質に指定されている化学物質を扱う労働者が対象となります。取り扱う化学物質の種類によって、細かく診断内容が変わっていきます。
特定化学物質障害予防規則別表第3、4に定める検査項目等(別添3-62)
溶接ヒューム(これをその重量の一パーセントを超えて含有する製剤その他の物を含む。)を製造し、又は取り扱う業務
一 業務の経歴の調査
二 作業条件の簡易な調査
三 溶接ヒュームによるせき、たん、仮面様顔貌、膏(こう)顔、流涎(えん)、発汗異常、手指の振顫(せん)、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の既往歴の有無の検査
四 せき、たん、仮面様顔貌、膏(こう)顔、流涎(えん)、発汗異常、手指の振顫(せん)、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の有無の検査
五 握力の測定
アーク溶接作業従事者は、上記の内容の特殊健康診断を半年に1回行うということですね。
その他
この部分は詳しい内容には触れず、ご紹介だけに留めておきます。
・安全衛生教育(安衛則第35条)
・ぼろ等の処理(特化則第12条の2)
・不浸透性の床の設置(特化則第21条)
・立入禁止措置(特化則第24条)
・有効な呼吸用保護具の備え付け等(特化則第43条、第45条)
・運搬貯蔵時の容器等の使用等(特化則第25条)
・休憩室の設置(特化則第37条)
・洗浄設備の設置(特化則第38条)
・喫煙または飲食の禁止(特化則第38条の2)
まとめ
法律の改正によって、アーク溶接作業に関わる作業環境が変わることをご紹介しました。
建設業に関わる場合は、こうした変更が都度起こるということも押さえておきましょう。今回は、アーク溶接に関わる部分となりましたが、もっと別の作業で発生する何かが、健康を脅かすものであるかもしれません。まずは、今ある規則や法律をしっかり守ることが、作業者の健康を守ることにつながります。作業環境の変化は大変なこともあるかもしれませんが、従事者がいつまでも健康でいられるようにしっかりと情報を共有していきたいところです。